Takonosuke’s diary

 editor&writer バラの庭作り、そして釣り。東京ときどき信州在住。

丸山健二を知ってますか?

f:id:Takonosuke:20181222021945j:plain

このほか、丸山健二の作庭の本は数冊ある。


 丸山健二に夢中になったのは、二十代、三十代のころなので、最近の著作はまったく読んではいない。丸山がタコの介と同郷の信州という親近感もある。


 ところが、ひょんなことから最近の丸山健二の本に出会ってしまった。知り合いが社長をしている出版社で、このところ精力的に丸山の新刊を出版したり復刊している。小説では緻密な文章と格闘したバケモノ的超大作『千日の瑠璃』がラインナップされている。


 その出版社は「求龍堂」という。美術、アートなど学術書が中心の会社なのに、売れない丸山健二の本をたくさん出版していた。たぶん、丸山を大好きな編集者がいるのだろう。

 

丸山健二は突然、庭でバラをはじめた


 丸山健二は二十三歳のとき、最年少で芥川賞を受賞し、その受賞作『夏の流れ』で鮮烈なデビューをした。一時はテレビの旅番組によくでていた。オフロードバイクや四駆を派手に乗り回していたこともあった。


 だが、六十歳前後だと思うが、そういう浮ついたことは一切しなくなった。そして一人黙々と、住み着いた信州・大町市の田んぼに囲まれた家で庭作りに没頭するようになった。


 バラの栽培と品種の分類をこの上ない喜びとしているあたしにとって、丸山健二は再び見逃せない小説家となった。


 彼は生来持っていた意固地、無愛想、頑固といった信州人特有の気質をこじらせて、信州の家にとじこもったということにほかならない。そして、庭作りで見つけたバラの魅力に物狂いするようになった。


求龍堂」の丸山本で手に入れたのは『さもなければ夕焼けがこんなに美しいはずがない』という、いかにも丸山が言いそうなタイトルの本だ。だが、この一文はヨハン・ペーター・ヘーベル『アレマン詩集』の一節のようだ。


 本の帯には「安曇野にこもり、ただ一人の力で執筆と作庭に明け暮れる小説家のエッセイ」とある。まったくそのとおり。


 こんな言葉もある。「烈風はバラを容赦なく散らす。しかし、薫風はバラの美をいっそ輝かせる。それは、風とバラの日々」


 職人の世界のような肉体仕事の庭作りとバラの日々。そし午前中だけの執筆。いったい、丸山健二に何がおきたのか。

 

チャペック『園芸家十二カ月』は園芸家のバイブル


 それは庭作りについて、丸山が書いている数冊の書籍を読めばよくわかる。あいかわらず自己満な言葉がならぶが、真実も多少は垣間見える。


 ちなみに、本書は十二カ月ごとに分けられている。これは園芸愛好家のバイブル、カレル・チャペックの『園芸家十二カ月』を踏襲している。
 月ごとにキャッチがある。たとえば四月。

 

〈四月
「五百年以上の寿命が欲しいと思えるほど奥の深い、ほとんど底無しの感動を望むばかり」〉

 

 信州の四月はまだ寒い。だが、春の絶頂期はすぐそこに来ている。ああ、その四月がやって来た。ずっとこの時間のなかに浸っていたい。できれば五百年以上も。

 六月。歓喜が爆発する。一年、待ちに待ったバラが一斉に花を咲かせる。

オールドローズとワイルドローズとイングリッシュローズは互いに好感を与え合い、みずみずしい生気を共振させ、非日常的な、この世は生きるに値するのだと言い切ることが可能な雰囲気を生み出す母体となり、庭としての統一感を乱すことなく、人生の負の部分をことごとく除去してゆく。〉〈そこにいるのは、バラたちから聞いた話をほとんど言葉通りに伝える、欲するままにいるせいで赤貧に追いやられかねない、確固たる地盤を築くことを忌み嫌う、無頼の徒と紙一重の喧嘩早い性格を持った、その分だけ美に深く心を揺り動かされる、単純で複雑な男だ。小説家からも園芸家からも脱却した私がバラの微風に吹かれている。〉


 そして、すべての生命が眠りにつく十二月。丸山健二はよそよそしく、ただの冷たい空間のようになった庭を見て、命の蘇る未来をふりあおぐ

〈私には大いなる野心がある。庭と小説を通して到達し得ない世界に肉薄したいという野望を抱いている。その夢を実現させるためには、陰と陽を象徴する、風とバラの日々をくぐり抜けてゆくしかないだろう。風はバラを鍛えて正真正銘の美を授け、バラは風に芳香を浸透させる。そして言葉は、どこまでも覚束ない人間界を風のようにバラの匂いのように通り抜け、名状し難い魅力でもって情操と知性とを激しく燃え立たせるのだ。〉

 なんともはや、ため息吐息の丸山ワールド。タコの介は今、病を得て丸山健二のように無邪気に未来を仰ぐことができない。庭に出てバラの世話をするのもままならなくなった。肉体を極限までいじめ抜くような庭仕事をもう一度してみたい。

 タコの介、ただいま六十六歳。丸山健二、今年七十五歳である。

 この本は七年前に出版されている。