「親父似!」
指の動かし方がね
「俺、最近親父に似てきた?」
「あら、気がついたの」
自分が突然「親父に似ている」と気づいた。そこで部屋に入ってきた妻に聞いた。すると、返ってきたのが、この答え。
その後、妻はここぞとばかりにしゃべりだしたのだ。
「あなたが60歳を過ぎたころからかな。『いやだ、お父さんそっくり』と思ったの。どこがって? 座ってるところから立ち上がるときの動作。それに指の動かし方がね」
指の動かし方ってなんだ。
妻によると、樋口の男はものを言うことを惜しみすぎるのだそうだ。口で言うかわりに、指で指図する。え? そうなの。そんなやつって、ベスト三本指に入るやなやつじゃないか。
いま、病を得ている俺は、広い慶應義塾大学病院のなかを移動するとき、妻に車椅子を押してもらうことがたまにある。すると、俺は無言であちこちを指差して指図するらしい。妻はその指の動かし方が親父そっくりなのだという。
「ほら、あたし、お父さんを介護してたでしょう。そのときの車椅子のお父さんとあなたのしぐさがそっくり」
妻はおしゃべりだ。普段は俺が無口なのでそうはしゃべらない。だが、俺が不覚にも話を聞く態勢をとると、腰を据えてしゃべりだす。
「最近、歩く姿も似てきたわね。お父さん、ゆっくり歩いたのよね。亡くなる前は」
「……」
「あれ? あっ、そうじゃなくて」
遅い。